第七話






「別れよ」

「……どうして」

「お前は俺を必要としてないし、俺がいなくても平気だろ」

「なんであなたが決めるのよ」

「……」

「私の所為みたいに言わないでよ。本当は、あなたが私を必要としてないんじゃないの…」

……女は卑怯だ。自分が被害者になりたがる。

「…お前が俺を欲しがるのは、ただの自己愛なんだよ。俺に向けられたものじゃない」

「そんなことあなたにわかるわけないわ。違うもの」

呆れたように言うけど。またか、なんて顔をしてるけど。
……違くない。俺は知ってる。

「俺をガキ扱いするのは勝手だがな、それでも俺の気持ちがなくなったら付き合うことはできないだろ。友達じゃないんだ。気持ちが無けりゃ、一緒にいる必要なんてない」

「あなたの気持ちがなくなった?私を好きじゃないの……?」

好きだよ。たぶん。お前に見合う自分になりたかった。
でも、お前にはあいつがいるだろ。俺が知らないと思ってる。
悪いな、俺はお前より自分が大切。

「ごめん。冷めた。別れたい」

「……そう」

傷ついたような顔をして。それでも俺を引き止めるわけはないもんな。

「わかったわ」

ほら。結局お前の気持ちはその程度だし、引き止めてほしいと思ったところで何のアクションも起こさない俺の気持ちもその程度だ。
どうせ今俺と別れた後だって、あいつに電話するんだろう。
お前はいい。
自分から振っといて、結果的に傷ついたのは俺だけだ。








「……ねぇ!」

ハッと視線を上げれば、不思議そうな顔をして覗き込んでくるフレデリックと目があった。

「…ん?なに?」
「だから、ゴールデンウィーク!何するの?」

……今は美術の授業中。ロックウェルたちは風景画のスケッチをするために学校の前の土手に来ていた。一応真面目にスケッチもしているが、この広い空間の中では私語を慎むものなどいなく、皆遠足気分である。
暖かい日差しと、涼しい風に心地を良くし、ボーっとしてしまったらしい。穏やかな景色とは相応しくない、いやな思い出が頭をめぐり、フレデリックの問いに答えるまでに時間がかかった。

「あぁ、うん。今のとこ、特に予定ないけど」
 
気が付けばもうGWも間近。4月も終わろうとしている。去年と変わったことと言えば、フレデリックと会ったことくらいか。去年のGWは何していたか、なんて記憶をたどるが一向に思い出せないということは、おそらく特に代わり映えのない連休だったんだろう。

「そっか。ならさ、もしよければ、ちょっと付き合ってほしいんだけど」
「へぇ。何?」

フレデリックから誘ってくるなんて珍しい。初めての出来事に思わず眉を上げるが、努めて平静を装い、次の言葉を待った。

「うん、あのね、俺の兄さんが店開くんだ。バーなんだけど。で、開店祝いみたいなのやるらしくてさ、一緒に行かない?」
「お前の兄さん?店持つなんてすごいな」

そういえば調理実習のとき、兄がいるなんて言っていたような気がする。フレデリックの兄…きっと金髪碧眼で、フレデリックよりちょっと男らしくて、めちゃめちゃかっこいいんだろうなぁ……。と、見てみたい気持ちはある。しかしなぜだか気後れする。まるで初めて彼女の実家に行く彼氏の気分……のような気がするがそれだと何かおかしい(汗)
ロックウェルの決めかねている表情を見て取って、フレデリックが付け足した。

「全然格式ばったやつじゃなくて、兄さんの知り合いだけでやるようなものだから。ね、来てよ。俺あんまひとりで行きたくないんだ」

そういうとフレデリックは顔を近づけ懇願する。まぁそこまでいうなら、と了承するとフレデリックは安心したように笑った。
この笑顔はずるいよなーなんて思いつつ、川に目を向けると、誰かにいじめられて落とされたのか溺れているエミリオが見えたが、折角フレデリックと和やかな時間をすごしているので見なかったことにした。




そして、約束の日。

指定された時間より少し前に駅に着き、ロックウェルは時間をもてあましていた。
待ち合わせなどには必ず時間より前に来てしまうのは彼の癖だ。ごった返す人ごみをうっとうしく感じながら、フレデリックがこないかと改札に目を向ける。そうしてしばらくたったが、見知らぬ人の波が入れ替わるばかりでフレデリックは現れそうにない。諦めて音楽でも聴こうとiPodのイヤホンをつけようとすると。

「すいませーん。今一人?」

肩をたたかれ、話しかけられた。声のするほうを見れば、そこにはウェーブがかった金の髪を腰まで伸ばした、かわいらしい顔立ちの…女性?

「いや、人待ちですけど…」
「何時に?」
「えー…6時」
「もう過ぎてるよ」
「はは、そうみたい」

腕時計のデジタル数字は既に6時5分を示している。というか、このハスキーボイスからすると、この金髪の麗人は男だ。よくみれば化粧もしてるような…。

「ねぇ、飲み行こうよ。友達も来ないみたいだしさー」
「あー…遠慮しときます」
「なんでー?いいじゃん」
 
これは…逆ナン?というか何て言うんだろう…。ロックウェルはどう考えても女性に間違われるわけないし、だとするとこの相手はホ○とか○イの類いな気がする…。
 
「いや…ほんと人待ってるんで」
 
なんにしろ、適当にあしらおうとそっぽを向くと、腰の辺りに違和感を感じた。
 
(……なんか触ってくる!!!/汗)
	
「あとでその友達も呼べばいーじゃん」

ニッコニコ笑いながら右手はしっかりロックウェルの腰に回している。こんな状況経験したことのないロックウェルは顔を引きつらせた。

「いや、ちょっと、手…(汗汗汗)」
「ん〜?(笑顔)」

顔に似合わずなかなか強引なやつだ。こういう相手にはこちらも強く出なければ…と考え、どこに隠していたのかロックウェルが釘バットに手をかけたとき、相手の携帯が鳴った。
機械的に流行の音楽を鳴らすそれにあからさまに迷惑そうな顔をし、ごめん、と謝りながら男は携帯を開く。
ロックウェルとしてはぶん殴る手間が省けてありがたかったのだが。……そして彼も危ういところで命が助かったことに気付いていない。

「はーい。…あー、わかってるって。行く行く。…うん、じゃね」

金髪美人はだるそうに答えると、ロックウェルに向き直った。

「ね、俺さ、ここで働いてるから。興味あったらきてよ。また会いたいな」

名刺のようなものをロックウェルに渡しながら、小首をかしげかわいい笑顔を作って言うと、急いでいるのか彼は人ごみの中に消えていった。

「…変な奴。行くわけないのに…(汗)」

渡された名刺を眺めていると、ちょうどフレデリックが駆け寄ってきた。

「ごめんー。遅れちゃった」

込み合った人の波の中でもフレデリックはすぐ目に付いた。
ラフなTシャツに濃い臙脂色の少し弛めのパンツがよく似合っていて、いつもの制服姿よりも大人びて見える。

「……遅い」
「ごめんって!なんかおごるから許して」

腰を屈め、上目遣いで訴えるフレデリックに、はぁ、と一つため息をつくと、名刺をポケットに押し込み、ロックウェルもニヤリと笑った。

「スタバで許してやるよ」
「えー。マックで(*^^*)」
「……(汗)」



駅から離れ、繁華街を15分ほど歩き、買ってもらったマックシェイクも空になってきたところで、フレデリックが足を止めた。

「ここ。この階段下りたとこだよ」

フレデリックが示す先はひっそりとした路地に溶け込む地下への階段。蛍光ネオンの文字がそこに店があることをなんとか主張している。

「なに…?『薔薇の渓(たに)』…?」
「うん、お店の名前」
「ずいぶんメルヘンな名前だな……(汗)」

フレデリックは一瞬躊躇するようにその階段を睨む。そして一人で頷くと、来て、と合図をするのでロックウェルはついて歩いた。
階段を下りれば少しずつ明るい光が漏れてきた。しゃれたスライド式のドアをくぐれば、店内は薄暗く、ビビッドな色のライトがぼんやりとともっていた。狭い店内に10人ほどが談笑していたり、飲み交わしていたり。落ち着いた雰囲気に、ロックウェルは心地よく感じた。
この中にフレデリックの兄がいるはずだ。それにしても、客層はやたら男が多い。ロックウェルたちの歩みに合わせて彼らは視線を動かし、何事か話しているようだった。

「兄さん!」

カウンターでワインボトルを並べている男がフレデリックの兄らしい。ボトルを手に取り、タオルで拭いている。そして種別ごとに並べているのか(ロックウェルにはどのボトルも同じに見えたが)、その手つきは手馴れたものだった。フレデリックの呼びかけに気付くと、こちらを振り返り、いったん作業を停止した。

「おー、フレデリック、来たか」
「うん。…ロックウェル、俺の兄の、フィリップ」
「…どーも。ロックウェルです。フレデリックとは仲良くさせていただいて」

なるほど、そっくりだ。
細かいパーマをかけた長い髪以外は、少し釣りあがった目や、少女のようなふっくらした口元はよく似ていた。そう、まるで同一人物のよ(←禁句)
軽く会釈をすると、相手もにこりと微笑んだ。笑顔は特に似ている。一気に子供らしくなる笑顔はフレデリックのものだった。が。

「…へぇー。ロックウェルか。かわいいじゃん♪」
「…は?」

思わず間の抜けた声を出してしまったロックウェルの耳元に顔を近づけ、フィリップは続けた。

「ね、ロックウェル。正直どう思う、うちのフレデリック。かわいくない?いや、俺はね、兄として心配なわけよ……フレデリックがどこの馬の骨とも知らない奴といつのまにかできちゃってたら…。でも、ロックウェルなら断然合格♪ねぇ、実際どうなの……」
「はぁ???(汗汗汗)」

…やばい。変な人だ。
まぁ確かにフレデリックは可愛いけど…そりゃ俺だって妙な奴とフレデリックが付き合うくらいなら……。そこまで考えてロックウェルは無理やり思考を停止させた。このまま行くとまずい。はっきりとはわからないが、とりあえずまずいことだけは確かだ。

「ちょっと兄さん!ロックウェルに変なこと吹き込まないでよ!」
「え、何フレデリック……。今話中だし……なんかうざいんだけど……」
「ちょっ……なんで俺が空気読めないみたいな雰囲気になってんの!?(汗)」

ロックウェルは呆気にとられていた。フレデリックの兄は少し変わっている。
口論する兄弟を呆然見ているロックウェルに気付き、フレデリックがニコッと笑った。

「あのね、ロックウェル。俺の兄さんは、オカマなんだ」
「オカマって言うな!神聖なるゲイと言え(偉そう)」

あぁ、やっぱり……。なんかそんな気はしたけど、フレデリックの兄だからあまりそう思いたくなかったロックウェルは苦笑いを返すほか無かった。
ロックウェルは付き合いは広いほうだったし、そういった人たちに対して偏見など持っていなかったが、このように絡まれて軽くあしらえるほど場数を踏んでいるわけではない。いつになく調子を崩されたロックウェルは引きつった笑顔で「そうなんですかー」と言うことしかできなかった。

「ま、とりあえずさ、なんか飲む?作ってやるよ」

カウンターに入り、フィリップはグラスを取り出す。

「あ…おかまいなく」
「俺、フルーツ系のがいい。甘いの。ロックウェルも同じでいい?」
「あ、うん」

二人でカウンターに腰掛けると、店にいた客の何人かがフレデリックに手を振り、フレデリックもそれに笑顔で返していた。

「兄さんがこんなだからさ、兄さんの友達もそういう人たちばっかなんだよ。だからね、今日一人で来るのちょっと怖くて。付き合ってくれてありがと」

確かにフレデリックのような美人が一人できたら、彼らの餌食にされかねない(汗)

「いや、楽しそうな兄さんじゃん」

変わってはいるが、悪い人ではなさそうだ。ロックウェルの言葉にフレデリックは首を振ってそんなことないし、と言いながら長い髪を指に巻きつけると、それを興味深そうに見つめていた。
目の前ではフィリップがいろんなボトルを見比べ、それらを混ぜ合わせていた。その目は真剣で、そうしているとフィリップはとてもかっこよく、大人に見えた。さすが店を持つだけはあるな、なんて考える。

隣に座るフレデリックも自分の兄の姿を目を細めてじっと見ていた。その表情はどことなく微笑んでいるように見えた。
フレデリックが自分を誘ったのは本当は兄を見せたかったからではないか。なんだかんだ言いつつ、きっと本当に兄が好きなんだろう。

フィリップの作ってくれた酒はグラスに小さい薔薇が飾ってあった。少々甘ったるかったが、すっきりとした後味でうまかった。おいしい、と思わず口に出せばフィリップはうれしそうに笑った。
ロックウェルの言葉に振り向いたフレデリックと目が合った。瞬間ドキリとしたが、フレデリックはロックウェルの更に奥を見て、あ、と声を漏らした。

「兄さん、お友達だよ」

フレデリックの視線の先を追うと、そこには長い金髪の巻き毛、一見女性と見間違えそうな造りの良い顔立ち……。

「あー!!あんたは!!(汗)」
「あれー!?さっき駅で会った子だ!!」

片手を上げて入ってきた男は駅で逆ナン(?)してきた男だった。どうやら人気者らしく、ロックウェルたちのいるカウンターにくるまでに何人かに声をかけられていた。ロックウェルのそばに来ると、肩に手を回し馴れ馴れしく話しかけた。

「なぁんだー来てくれたんだ♪君あんまり俺に興味なさそうだったからさ〜ちょっとショックだったんだよ〜(*^∀^*)」
「いやっ違…友達についてきただけで……(汗)」
「照れちゃってかーわいいっ(はぁと)」
「いやいやいやいやだから違うー!!」

抱きつこうとしてくる相手を両手で力いっぱい押しのければ、カウンターからフィリップが顔を出した。

「おいおい、ロックウェルはフレデリックの友達だって。残念ながらお前目当てじゃないよ」
「え?そーなの?なんだぁ、それならそうと早く言ってよね」
「……(汗)」

話を聞けば、彼の名前はヘリオガバルスといい、フィリップのお仲間だそうだ。一応副店長らしい。見た感じだと仕事はできなさそうに見えるが、彼もまたフィリップのようにカウンターに入ればてきぱきと仕事をこなすのだろうか。フレデリックとは既に顔なじみらしかった。

「あ、もしかしてフレデリックの彼氏?」
「……(こいつらそれしか考えられないのか…/汗)」